クソしかいねー世

クソしかいねー世に愛を叫ぶ

フォークリフトという教養

無職になったらどうする?
無職になったら何する?
アニメを観まくる?
小説を読みまくる?
映画を観まくる?
酒を飲みまくる?
それとも海外旅行でもする?
耐えきれずに就職活動する?
恋人と1日中セックスする?
無職なら何でもできるぜ。
無職なら何だってできるんだぜ!

 

だから無職である僕は、フォークリフトの免許を取得しに行ってきました。
(正確には、フォークリフトの技能講習を受講して修了してきました)


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「なぜフォークリフトなのか?」と問われれば、『乗りたかったから』以外に回答の持ち合わせはない。
9月10日に唐突にフォークリフトに乗りたいなぁという思いが湧き上がり、9月12日にはインターネットで申し込んでいた。
そして9月14日にはクレーン学校に入校し、4日間の教習を経て修了証を取得してきた。
このスピード感。無職最高かよ愛してるぜ無職。

「それにしても、なぜフォークリフトに乗りたくなったのか?」という疑問を皆さんはお持ちのことだと思う。
フォークリフトに乗る仕事を狙って就職活動を行うつもりなのか?」と推論しているクソ野郎が多いと思う。
答えは NO である。
そもそも、私は≪大手を振って無職≫である。

 

定義1.1
無職にある人間が内定を手に入れた状態を、≪大手を振って無職≫であると定義する。
(性質)通常の無職とは違い、お天道様の下を大手を振って歩くことが出来る。

 

私の転職先は事務系であって、フォークリフトとは縁がない。
では、なぜにフォークリフトに乗りたくなったのかというと、
『あ、フォークリフトに乗ってみたいな』という思いが沸き起こったとき、
『そういえば、フォークリフトに乗ったことのない人生を送っているなぁ』という人生分析に繋がり、
『ちょっと待った。フォークリフトに乗ったことのないまま年を取っていっていいのか?』という問題提起がなされ、
『いやいや、フォークリフトに乗ったことのない40代のおっさんとか明らかにダンディズムに欠けるぞ』という人生設計の問題点が発見され、
『今すぐフォークリフトに乗らねば、僕は男として今後の人生を歩んでいく自信がない。』という人生経験の中にぽっかりと空いた穴の大きさに絶望し、
『このままではフォークリフトに乗らない人生だと悟ってしまった。気付いてしまった。これではクソださいぞ。乗らねば!!』と結論されたのだった。

 

趣味・教養のためだけに、フォークリフトの技能講習に行ける。思い立った翌週に行ける。そう、無職ならね。

 

ここまで読んでくると、自身の人生の不甲斐なさに直面し、フォークリフトに興味が出てきた方もいると思うので、ここからはフォークリフトの技能講習についてのレポートをしていきたいと思う。
前提として、僕が受講したのは普通自動車免許を持っている場合の31時間コースの講習であるので注意されたし。

 

受講者について

会社命令で来たおっさん達と、仕事で必要になるから自主的に来たおっさん達と、あとはハロワで助成金出るし取得して就職活動に役立てたいっていうおじいちゃんしかいなかった。
つまり、僕とジジイ以外の全員が建設系の方々だった。作業着持ってる系男子しかいなかった。
ので、建設系特有の気さくで親切な人ばかりだったし、そもそもフォークじゃなくても何らかの機械や車に乗って仕事してる人ばっかだったから、運転についてのアドバイスとかたくさん貰えた。
みんなフォーク初心者のはずなのに、すげぇ上達が早くてプロって凄いなーって感じ。教養のためっていうモチベーションだと、ガチな人たちの上達速度についていくのが大変なので覚悟されたし。

 

1日目

学科を7時間+テスト。

テストは1科目10問が3科目。全30問70点満点のうち6割以上、かつ、各科目4問以上正解で合格。

僕は15分で終わったけど、一番遅い人でも35分くらいで解き終わってたし難易度は低い。大卒程度の方には死ぬほど簡単なので安心されたし。中卒の方には難しい部分が多少あるかと思われ。

出題されるところは教えてくれるので、マーカー持っていって線引けば大丈夫。


2日目

実技1日目。8時間。
前進+後進から始まり、簡単な運転操作をひたすらやる。フォークは後輪操舵で自動車とは(外輪差と内輪差が)逆なので、感覚に慣れるので1日が終わる。午後は8の字をやったりする。後進で運転する方が多かった。
マニュアルなのでクラッチ操作があるけれど、自動車免許がAT限定の人が2人いたし、なんとかなる。車に比べてクラッチ操作は簡単だったので、AT限定自動車免許の人でも安心して受けに行けばいいと思う。

 

3日目

実技2日目。9時間。

8の字、S字、クランクをやる。後進で運転する方が多かった。午後になって、ようやくフォークを使う荷役作業の練習。

 

4日目

実技3日目。7時間+テスト。

荷役作業をひたすら練習。試験1時間前くらいに試験コースの練習が始まった。2段置きとかするけど、そんなに難しくない。
テストは減点方式。テキストの後ろの方に載ってる減点の規定を読むと分かるけど、落ちるのが難しいくらいなので気楽にやればOK。

 

服装

暑いから長袖じゃなくて良いと言われたけれど、基本的には長袖着用。靴はスニーカーでOKだった。軍手などの手袋的なものは趣味の問題なので、お好きに。ヘルメットは着用必須だけど、大体どこも貸出し用のがあると思われる。

雨天時でも普通に決行。「台風がきたら考えることもあるけど…」って教官が言ってたので、基本的には台風が来ても講習はあると思ってた方がいい。今回は2日目の昼からと、3日目は朝から1日中、雨が降っていた。雨合羽は必須。長靴は無くてもいいけど、あった方がいい感じ。土砂降りの中で運転するの苦行だったので、雨の季節はおススメできない。

 


っていう感じでした。毎日夕方までやるし、結構疲れる。けども、気軽に行って取れる程度の感じなので教養目的で行ってもいいかなと。
費用は約4万ってところ。
フォークに乗ったことのない人生でも胸を張って生きていけるクソ野郎には高く感じそうな値段であるが、無意味にフォークに乗りたい衝動を理解できる君にとってはお手頃な値段ではないだろうか。

4日と4万を準備して、君もフォークリフトに乗れる人生を送ろうぜ!

【201508】小説・映画とかの感想メモ

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注)感想メモなので、あらすじを記載したり考察はほぼしない。
個人的な読了後の感想をそのままアホみたいに書くだけです。
 

 

【漫画】

曽根富美子『新装版 親なるもの 断崖』第1部・第2部
すごい漫画を読んでしまった。
ガラスの仮面とかもそうだけど、一昔前の漫画家が持ってる力は凄いよな。物語の重厚さ、テーマ、展開、演出、それらすべてに力強さがある。
とはいえ、第1部はちょっとうざかった。言ってることは首肯できるし、反論する余地はないんだけれど、それでもちょっとうぜえ。
というのも、作者がこの漫画を描いている時点での目線から語りすぎだからだ。文献を大量に漁って何百時間も調査し、その結果得られた作者の解釈した歴史を描く、そういう作者の作業風景が浮かんでくるような、そういう臭さがある。その時代の描写の中に、くどいほどに織り込まれる現代視点の偏った解釈の違和感がすごい。
ということで、大作であり名作であることは間違いないけれど、金字塔と呼ばれることはないだろうなって感じ。
 
週刊少年ジャンプで連載してたときは全然面白くないって印象しかなかったんだけど、移籍後に面白くなったと聞いてから読んだら死ぬほどハマって追っていたんだけど、遂に完結。最後まで最高だった。漫才とかのお笑い部分は文字だし絵だし良く分からんかったりもするけれど、物語は最高。物語で勝負する漫画っていいよね。
 
堀越耕平『僕のヒーローアカデミア』5巻
将来的に面白くなってほしいという願望で買っている漫画。今のところ、面白くならない気がしてきた。
 
惰性で読んでる漫画。惰性で読むくらいのテンションだと想定より面白いので楽しめる。
 
九井諒子『ダンジョン飯』2巻
九井諒子作品は最高。だが、短編の方が好きだ。
 
田中圭一神罰』全1巻
なんとなく再読。好き。
 
どこかで見たことのあるような設定と、どこかで見たことのあるような怪物と、どこかで見たことのあるような物語が繰り広げられる作品。映画化されてるみたいだけれど、映画も酷いらしい。こんな原作で、よく映画化しようと思ったなーって感心した。オリジナリティが一切ないし、特別な力もない娯楽作品。巻頭の作者コメントと巻末のおまけページから滲み出る作者のウザさが、より一層この作品をキモくしているので読むべき。専門学校生とかニコ厨のノリに近い。プロという立場ではあるけれど、その末端にいるに過ぎないことを自覚してないクソ野郎って感じがしてウケる。
 
やまあき道屯『X細胞は深く息をする』全1巻
心臓移植に対して医学と工学の立場からアプローチする部分については、考えさせられることが多かった。この時代に、まだ技術が倫理を完全に追い越していない今、読むべき作品だと感じた。大学内のリアルさも良かったし、学術的な内容も(僕は門外漢なので意味分からんかったけど、雰囲気は)それっぽくて良かった。が、良いところは以上。問題提起としては非常に優れた作品だが、それ以外としてはゴミ。
 
marginal×竹谷州史『月の光』全4巻
結局、これは何だったんだろう。
日常系漫画ぐらい内容のない漫画だった。ゴミ。
 
面白かった。生物学ホラーの金字塔と言われても違和感ないレベル。
 
漫画喫茶で16巻まで読んだ。
そこそこ面白かったけれど、なんで流行ってんのか意味不明。
 
 

【小説】

小川一水『臨機巧緻のディープ・ブルー

続編が出るということで読み直し。最高。

 

小川一水『砂星からの訪問者』

最高。

 

牧野修『月世界小説』

言語SF。神と戦うSFだけれど、神を舐めてんのかって感じ。すべての要素が中途半端。キャラ設定や物語世界や登場する架空道具や登場人物に魅力が全くない。思いつきで書きました感が半端ない。単語のセンスもないし妄想のセンスもないし、特に句読点の使い方にセンスがない。いいところが1つもなかった。すべての文が作者の都合の良いように妄想で書かれているだけ。作者の妄想だから何でも良い、なんて理屈は現実の商業作品として許されない。これは登場人物の妄想世界だから~なんて言い訳聞きたくない。魅力のない登場人物のセンスのない妄想を書くな。一切の説得力がなく、一切の魅力がなく、クソみたいなまま終わるクソ作品。とても小説家が書いたとは思えない。なんていうか、演劇やゲームやテレビ番組の脚本家とか映画監督が書いてるっていうような雰囲気。つまり、文章だけでやっていけていない。アイデアありきで書いているけれど、そのアイデアを活かしきれていない。このアイデアを使って、ちゃんとしたSF作家が書いてたらかなり面白くなっただろうなと思う。もしくは、もう数年を構想に費やした方が良かったと思う。アイデアだけは評価できるけれど、そもそもありきたりなアイデアだっていう感じもあるし。倍の分量で緻密に書いても…きっと面白くはないんだろうなぁ。残念。難解な雰囲気だけれど、読み進めていくうちに難解さの欠片もないことが分かってくる。むしろ作者の知能が心配になってくるという感じなので、頭の弱い方でも安心して神と戦えますよ!やったね!
読んでいて感じたのは、映画の「リアル鬼ごっこ」に非常に近いということ。登場する人物は多いけども、その人数の必要性のなさとか。並行世界なんだけど、その設定の良さが全く出せていないところとか。必然性が一切ない設定や場面転換や物語展開なところとか。総じて、ゴミなところとか。

 

向井湘吾『お任せ! 数学屋さん』

第2回ポプラ社小説新人賞受賞作。
1章。数学を題材にした小説の導入部分って、なんでこういうクソみたいな定型になってしまったんだろう?異常に数学嫌いな主人公である必要はどこから生じるんだ?読書家は文系で、文系は数学を嫌いだっていう偏見からか?オリジナリティの欠片もない始まり方で、最初の2ページで読むのが苦痛になった。最初のテンポが悪すぎて読む気失せる。「数学屋」なるものを始めた不審者に対して「何から質問していいか分からない」と思いつつも普通に質問してるの意味不明だし、帰りのホームルーム後に「数学屋の定義とは?」と聞くだけで教室に誰もいなくなるほどの時間が経過してるのも謎だし、ホームルーム後に教室掃除しない学校って存在するのかも疑問だ。この中学校のシステムとして、教室などの清掃はいつ行っているんだろう?
2章。「もしも今が最悪、つまり幸福度が最小値なのだとしたら、これからは幸福度が常に今より大きいことになる」というのも意味不明。「今以上になる」なら分かるが、最悪な状態は継続しないという世界観なんだろうか?幸福度の計測に関しての精度が分からないので明確には言えないけれども…。そして、対象としてる読者がどの層なのか分からなくなってきた。こういう数学の使い方で小説を書いたらいけないと思う。駄作の匂いがすごい。
3、4章。テンポが悪く、全体的に気持ち悪い意味不明な文章が続く。主人公の女は数式を見ただけで号泣するという意味不明特殊性癖キチガイ女子となっていてウケる。「数学嫌いな人間が数式の美しさに触れて涙する」というのも数学小説あるあるだと思うんだけど、そんなクソみたいな数式でどうやって感動するのか教えてほしい。数式の美しさはたしかに数学の良いところで世間にアピールしたいっていう気持ちは分かるけど、さすがに「これが y = x だ!!」「うぅ…泣ける………」はありえんだろ。(例として書いただけで、実際に作中で y = x で号泣してるわけじゃないけど)
5章。朝のホームルーム前に教室の入り口でどんだけ喋ってんだよ。教師は注意しろよ。他クラスの奴はクラス戻れよ。アホしかいない学校かよ。2章で等号を省いて幸福度うんぬん言っていたのは、恋愛不等式への伏線だったかー(絶対違うよなぁ…)。
最終章。主人公女がよく言う「数学の世界」が意味分からんまま終わった。主人公男は世の中の話であると最初から主張しているにも関わらず「数学の世界」とかいって勝手な定義をして主人公男を観察する主人公女のクソさ。最後にこの世の中に戻ってきたけれど、そもそも主人公男は「数学の世界」にいってたことなんてないじゃないか。勝手に壁を作ってんじゃねえよ。最初から最後まで、とにかく主人公女の性根が腐っていて非常にむかついた。こんな頭悪くてイラつく女が出てくる小説、久しぶりだ。
まとめ。『浜村渚の計算ノート』と非常に近い作品。つまりは、数学を少しでも好きな人間にとってはゴミ。数学を分かった気になりたい頭弱いカスには良いかも。中学生にはおススメできなくもない。小説としては最低に近い。そして何より、作者が数学のことを愛しているとは到底思えないクソさ。

 

 

【その他】

枡野浩一『淋しいのはお前だけじゃな』

最初、すっげえつまんねーと思った。
読み進めたら、心に突き刺さってきた。

 

元少年A『絶歌 神戸連続児童殺傷事件』

噂の酒鬼薔薇聖斗さん凱旋本。
非常につまらなかった。ナルシストっぷりが尋常じゃなく酷い。30歳を超えた男が、ここまで装飾過多に自分を語れるって凄いことだと思いますよ。とにかくナルシストが気持ち悪すぎて、その面における生理的嫌悪感しかない。内容うんぬん以前に、文体が無理。内容も酷い。こんなクソみたいな内容で、人は何かを得られるんだろうか?僕たちが夢見ていたスーパースターは、ただの気持ち悪いおっさんになってしまったという現実くらいは得られたけれど。今まで通り殺人鬼でいればよかったのに、教祖になりたくなっちゃったのかな?こんな何も書かれていないに等しいこんなゴミに何らかの何かを感じる人間は、知能指数が低いとか精神病とか何か欠陥を持っているんじゃないだろうかと思うし、宗教にハマるタイプの人間なので気を付けた方が良いと思うし、濡らしてる女や勃起してる男どもは手遅れなので良質なファンタジーを読んで人生を立て直した方がいいと思う。
読後のこの気持ち、水嶋ヒロKAGEROU』を読んだ時と似ている。内容のつまらなさとか、ナルシストっぷりとか、話題になったけど世紀の駄作っぷりとか。

 

 

【映画】

『ヘアスプレー』

明るいデブが明るくダンスる映画。
底なしに明るいデブが明るくダンスして歌ってたら、世界平和って感じある。
ウィンクに色気がある男性陣がカッコ良かったけれど、デブの印象しかない。
主人公デブが主役って感じ後半につれ無くなってって、存在感もなくなってく。
一時祭り上げられても主役で居続けられないという、デブに対する当然すぎる扱いに哀愁を感じた。

 

『セッション』

劇場で観賞。
演技うまいなードラムって格好良いんだなー曲いいなーーーーー………脚本つまんなすぎね?ってなった。
劇場だったから音が凄くて良かったんだけど、家だったら魅力半減で物語のつまらなさが目立ちそう。
以下、ネタバレ含む感想を書くので、読みたくない人は飛ばしてください。
ニコルとかいうホームシックメンヘラ女、大学で皆から嫌われてるとかいう被害妄想あるのに彼氏がすぐ出来るの最高だった。だけど、メンヘラへの理解が足りていなくてキャラが立っていなかったのが惜しい。例えば、電話したときに静かだったのが違和感あるので、「今ディスコに彼氏といるの!良く聞こえないわ!あんた誰?」だったら最高だったなーと。あと、偉大な音楽家は挫折しないということを主軸にしての物語展開、途中で主人公は挫折してるし救いがない。結局、あの終わり方だと凡人が凡人のまま死んでいくんだろうなって。「スカウトは1度見た人間を忘れない」なら、そもそも事故ったコンテストで失敗してるわけだし最後のフェスティバルで暴走して超絶最高に決まったところで…才能ないわけだし。すべての会話が伏線のような映画だったけれど、結局のところは偉大な音楽家は誕生しなかったという結論しか出てこないし、娯楽っぽさのない感じがなんだかなーって。現実は厳しいっすね。
とはいえ、「テンポォ!」と唐突に叫ぶのがマイブームになるくらいには面白かった。

 

『チョコレートドーナツ』

劇場で観たけど、DVDになったので購入して再観賞。原題「ANY DAY NOW」の方が内容を表していて好き。
ダウン症俳優の演技の素晴らしさ、ゲイ俳優の演技の素晴らしさ、脚本の素晴らしさ、歌声の素晴らしさ、問題提起の内容の素晴らしさ、(日本語タイトル以外の)全てが素晴らしい。笑えて泣けて感動する映画。ゲイ目当てに観る腐女子でさえ浄化されてしまうだろうってくらいに感動的。感動できるのは、すべてがとても現実的で説得力があるからだろう。とにかく観てほしいので、公式サイトのリンクを貼っておきますね。

映画『チョコレートドーナツ』 オフィシャルサイト

 

王様と私

1956年度アカデミー賞5部門受賞作。
とても面白かった。長い幕前と幕間があったり、セット感が満載だったり、構図やカメラワークだったりが映画というより演劇って感じ。古き良き時代を感じるけれど古臭さはあまりない。多少の古臭さは良いアクセントになってる。ある登場人物がどこからどこまでは科学を信じていて、どこからは野蛮な民俗信仰を持っているのかを提示する台詞のバランス感覚が凄い。台詞で表される野蛮さと知性の見せ方が凄い。人物や物語の説得力が凄い。台詞も演技も小道具もエトセトラも何から何まで良い。文句のつけようがないけれど、強いていうなら先生の息子が空気すぎて可哀想…。
で、調べてみたらミュージカルが1951年初演で2015年現在もブロードウェイで上演してるらしい。ブロードウェイで観たいなぁ…。

 

 

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大掃除するときのために個人的な点数を書いとく。
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90~100:最高としか言いようがない。。。
80~  :出会えて良かった!
70~  :なにこれすげー面白いじゃん!
----越えられない個人的なツボ----
60~  :かなり面白い
50~  :わりと面白い
40~  :ちょい面白い
30~  :普通
20~  :特に面白くないし印象がない
10~  :お金を払ったことを多少後悔している
 0~  :ゴミに限りなく近い
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68点 曽根富美子『新装版 親なるもの 断崖』第1部・第2部
92点 森田まさのりべしゃり暮らし』19巻
35点 堀越耕平『僕のヒーローアカデミア』5巻
53点 末次由紀ちはやふる』28巻
82点 九井諒子『ダンジョン飯』2巻
52点 田中圭一神罰』全1巻
 1点 岩原裕二いばらの王』全6巻
37点 やまあき道屯『X細胞は深く息をする』全1巻
 1点 marginal×竹谷州史『月の光』全4巻
72点 小川幸辰エンブリヲ』全3巻
46点 諫山創進撃の巨人』1~16巻


83点 小川一水『臨機巧緻のディープ・ブルー
88点 小川一水『砂星からの訪問者』
 6点 牧野修『月世界小説』
 2点 向井湘吾『お任せ! 数学屋さん』

 

57点 枡野浩一『淋しいのはお前だけじゃな』
 0点 元少年A『絶歌 神戸連続児童殺傷事件』

 

53点 『ヘアスプレー』
46点 『セッション』
97点 『チョコレートドーナツ』
72点 『王様と私

 

 

 

 

日々の計測方法

非常に素敵な色のインクを見つけたので買ってしまった。

近所の文房具屋で30%引きだったからね、仕方ない出費だね。

ついでに万年筆も1本、新しく迎えてしまったけれど仕方ないね。

だって30%引きだったからね。

この時期の文房具屋は、新学期(このご時世だと新学期ではないけど、夏休み明けに向けての)セールやってる所があるからね。

行った方がいいですよ皆さん。

 

ということで、今日はインクを自慢したいので、ブログに日記をアップするというクソみたいなことをやる。

恥も外聞も捨てて、純粋にインクの色の良さを自慢したい。


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分かりづらいですが、良い色してます。

毎日楽しく日記が書ける予感がする。

字が下手とか、そういう苦情は受け付けません。



 ちなみに、これ。

www.amazon.co.jp

と、これです。

www.amazon.co.jp

 

調べて気付いたんだけど、そもそも Amazon なら安い値段で売ってるね………。

これだからネットはクソだよ………。

僕は、本は本屋で買い、文房具は文房具屋で買うタイプの人間であり続けたい。

本屋と文房具屋は、セックスは不要で、それでいて愛に満ちてるからな!最高だ!

ラブホの中で、ティファニーだけが孤独だった

男は馬鹿だっていうのは周知の事実だと言い切って良いと思うくらいに男というのは馬鹿な生物である。童貞臭さが消えた真の男なんてほとんど存在していないにも関わらず、ほとんどのクソ野郎は自分がセックスを経験しているというクソみたいな経験論で自分の非童貞性を疑わない
お前のクソみたいなセックスで童貞臭さを一時的に消失させているのは常に女のおかげであって、お前のクソ下手テクニックに依るのではないのだということを僕は世の、クソしかいねー世の男性陣に語らねばならない。お前が女を抱いたからって、お前は非童貞として生きていっていい存在ではないのだ。

女を抱いただけで、脱童貞を語るなかれ。
女を抱いただけで、非童貞と驕るなかれ。

特に、君が抱いた女が君のことを好きだと勘違いするのは最悪だ。
君が彼女を愛することと、彼女が君をどう思っているかは互いに独立している。
セックスという現象において、君から彼女への愛は存在しているかもしれないが、彼女から君への感情は存在していない可能性さえある。
女性の偉大さは、自身の感情に依ることなく君の盲目な愛を、ド下手セックスを、受け入れることができるという点にある。
つまり、君が童貞性を帯びていようが非童貞性を帯びていようが彼女には関係ないのだから、君のような非童貞気取りの童貞臭いクソ野郎には喜ばしいのだろうね。
だからこそ君は常に勘違いしながら生きてきている。君は自身が非童貞であると根拠もなく思いたがる死ぬほど頭の弱いクソ野郎で、その根拠もない思い込みこそが童貞性の顕現であって、やっぱり君はクソださい童貞なんだってことを自覚した方がいい。

だから、彼女にティファニーを贈るのはやめよう?
彼女でさえない、デリヘル嬢やキャバ嬢や援交相手にティファニーを贈るのはやめないか?

僕がラブホ従業員だった頃、1番多く見たのはティファニーの紙袋だった。
ある時は照明の上に。
ある時は洗面所の上に。
ある時は換気扇の上に。
ある時はベッドの下に。
ある時はテレビの裏側に。
ある時はトイレのゴミ箱の中に。

ちょっと見つかりにくい場所に置かれた紙袋の孤独。
君が非童貞を気取った結果としての、捨てられた紙袋。
君からのプレゼントは、質屋に持って行って金に換える価値もないんだ。
セックスしたからといって、君からのプレゼントはバッグの中に入れることさえ生理的に無理なんだ。
ホワイトデー、クリスマス、誕生日、君が彼女へラブホで贈ったプレゼントは、そのままラブホを出ることはない。
なんならラブホに電話してみな?「忘れ物しちゃったんですけどー」って。
君の選んだクソみたいなプレゼントは、きっとそこにある。

これだけ言っても、非童貞気取りの童貞である君は電話をかけないんだろう。
僕はそれが悲しい。
そして、本当に電話をかけようと思ってしまったどうしようもなく童貞な君。
僕はそれが悲しい。

クソしかいねー世の中で、クソなことしかできねー童貞ばかりの世の中で、真に非童貞であると胸を張れるように生きて行こうぜ?
せめて、ラブホでプレゼントを渡すようなクソダサいことはもう辞めにしないか?

【201507】小説・映画とかの感想メモ

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注)感想メモなので、あらすじを記載したり考察はほぼしない。
個人的な読了後の感想をそのままアホみたいに書くだけです。

 

【漫画】

小山宙哉宇宙兄弟』26巻

惰性で読んでる漫画。
これからも惰性で読み続けるなぁ…って感じ。

 

いがらしみきお『かむろば村へ』上下巻

なんとなく表紙買いした漫画。
不思議な魅力があった。味わい深いというか何というか。
実写映画化されてるらしく、監督が松尾スズキらしく、なるほどねーってなった。

 

【小説】

浅井ラボ『TOY JOY POP』

基本的には、ファミレスで駄弁ってるだけの話。
浅井ラボのしょうもない笑いのセンスに溢れている。
浅井ラボにしてはグロくないし鬱にもならんし普通。
展開とか伏線とかは相変わらず上手いなって思った。

 

 

小川一水『ファイナルシーカー レスキューウィングス

小川一水のSFが大好きなんだけど、SFじゃなくても好きだってことが分かった。
図書館戦争に非常に近い匂いを感じた。面白かった。

 

井上真偽『恋と禁忌の述語論理』

第51回メフィスト賞受賞作。
タイトルからピンとくる人間には、数理論理学を扱っていると分かるだろう。
世の中には、登場人物に数学者がいる/数学が主題となっている/推理に数学を使用するミステリ、といった小説が少ないけれど探すとけっこうあったりする。
数学の読み物まで入れると、一般向けの数学読み物はかなりある。
そんな中にあって、この小説にはけっこうな衝撃を覚えた。
これはブルーバックスの「マンガ 量子力学(石川真之介)」を読んだ時と似た衝撃だ。
頭の良い人間が”同人誌的なノリで”分かりやすく解説してくれてる…!っていうアレ。
そして何よりも、一般向けの書籍で専門的な内容が出てる!というアレ。
述語論理まではなんとか分かったけど2階の述語論理が難しくて泣きそうだった記憶とか、
第一不完全性定理でさえ良く理解できなかったのに第二不完全性定理までやった不人気講義とか、
大学院の先輩がやってた様相論理がすごい面白かった記憶とか、そういう学生時代の思い出が蘇った。
と書くと、数学の話題が多いのかと思われるかもしれないが、数学が分からない人間にも楽しめる構成をとっている。
数学の難しい話が連続しない配慮、読み飛ばしても影響がないような配慮が随所にある。
さらに、数学を抜きにしても1冊の推理小説としてきちんと推理小説している。
推理小説としての出来とか、数学が果たしている役割とか、そういう小難しい話は他所で。

 

首藤瓜於『指し手の顔 脳男Ⅱ』上下巻

どんなにつまらなくてもシリーズものは読破する!
どんなにつまらなくても刊行作品の8割は読破する!
そんなモットーに則って、ゴミのような前作を念頭にシリーズ2作品目を読んだ。
前作よりは面白かったが、相変わらずクソだった。
前作で強調しすぎた反省を活かしたのか、2作品目という驕りからか、ハーバード卒の精神科医という設定の記述はなかった。
相変わらず「どうしてなの…」しか言わないハーバード卒の精神科医。
女性蔑視をテーマにしているのではないかと疑うレベル。
前作で登場したキャラたちを活かすこともなければ殺すこともない。
分量が増えたため、前作のような中途半端さはなくなった点だけが評価できる。
しかし、意味不明な箇所は随所にある。
こんなにアホな記述が散見されるのに推理小説を名乗っていいのか、僕は疑問ですね。
例えば、上巻P232のある人物についての聞き込み調査において、「ベッドの端に腰をかけて机を引き寄せ、その上で読書をしていました」という発言がある。
その直後の上巻P234では「彼がここにいたときには部屋に入ったことがなかった」と同一人物が言っている。
部屋に入ったことがないのに、どうして部屋の中で何をしていたのかお前は断言できるんですか?
部屋の扉は常に開けて生活するタイプの性格だったから部屋に入ったことはないけど部屋で何してたかは知ってるんですか?
それとも、実は監視カメラを設置していて監視していたから部屋に入ったことがないのに知っているんですか?
でも、部屋に張ってあるポスターのことは知らなかったんですよね?どういうことなんですか?
物語に何らの影響はないが、こういう意味不明さを地の文ではないとはいえ記述し、その意味不明さに気付かないハーバード卒のアホさは失笑に値する。
例えば、下巻P395の記述。
ネタバレになるため登場人物をAとBに置き換えるが、「AはBを両脇に抱えたまま」という地の文がある。
推理小説の鉄則として、小説の基本として、地の文で嘘をついてはならない(は言い過ぎなら、つかない方がより良い)はず。
それなら、この作品世界としては1人の人間を両脇に抱えることが可能な世界観なのだろう。
「両脇に抱える」という表現が意図することろの解釈を僕が間違っているのかもしれないが、普通に考えたら意味不明だと思う。
そういった意味不明な表現、記述、曖昧さ、決定的に頭の悪い会話など、他にもたくさんある。
これが乱歩賞受賞作ではなくラノベ関連の賞の受賞作なら納得なんだけれど。
しかも解説が最高に気持ち悪い。
世にはびこるクソ解説は大きく分けて2つに分類できる。
1つは、作者と知り合いで「彼と知り合ったのは~」というクソみたいな社交自慢。
1つは、この作品は素晴らしい!この作者は素晴らしい!早く次作を書いてください!的なカルト信者のようなゴミ文章。
この作品には後者の解説がついている。
頭の悪い人間が頭の良いことを知った気になれる、この作品の存在価値はそんな感じ。

 

住野よる『君の膵臓をたべたい』

本屋で発見してタイトル買いした。
メンヘラの心に刺さるタイトルだ。
この小説は、タイトルが最高。以上。
「小説家になろう」からデビューらしいが、なるへそって感じ。
特設ページやら宣伝が凄いことになってるけどもね、
こんなゴミが一般文芸で闘える世の中なんですね…。
ただのラノベでしたよ。少しお洒落な。そして、いたたまれない。
お洒落気取ってる感がプンプン臭うのが我慢できない。
その会話のやりとり、クールだと思って書いたとしか思えない臭さだけど、クールだと思ってんの?って聞きたい。
その会話のやりとり、センスあると思って書いたとしか思えない臭さだけど、センスあると思ってんの?って聞きたい。
50Pあたりで(大オチは無理にしても)展開や落とし所が想像できて、それが間違わないクソ小説。
予測される展開が裏切られないことは特に何とも思わないけど、それに至るまでのセンスのなさがムカツク。
どれだけ装飾ができるか、どれだけ見せ方を工夫できるか、っていうのが大事だと思うんだけど本当にセンスがない。
プロ意識のなさが散見される趣味的なオナニーを見せつけられても、だから「なろう」の奴らはキモイんだよな死ねとしか思えない。

こんなにどうしようもなく痛い、黒歴史としか呼べなさそうな代物を世に商業作品として送り出すなんて、作者は最高なオナニーしてんなー絶頂だろうなーキモイなーって羨ましい。
帯の推薦コメントのキモさも特筆に値する。
「帯で尋常じゃないくらい絶賛されてる名前を聞いたことのない作者の小説は基本的にゴミ」理論の物的証拠をまた1つ発見してしまった悲しさよ。
なんか、一般的には泣ける小説らしいですが、これで泣けるとか言ってる人間はケータイ小説が流行ったときに「Deep Love マジ泣ける!」とかはしゃいでた奴らと同じ”死ぬべき頭の弱き者”ですね。
なんでこんなに最高なタイトルから、設定もわりと良いのに、こんなゴミが生まれたんだろうね…非常にもったいない。
メモ)タイトルがもうちょっとゴミなら2点くらいの作品だけど、タイトルの良さからの落胆ぶりを加味して採点する。

 

米澤穂信『リカーシブル』

切ない・痛い・青春ミステリらしいが、違和感ある。
主人公の芯が強すぎるから違和感あるのかな…。
信頼と安定の米澤穂信って感じの面白さでした。
特別すごくもつまらなくもない、プロの作品。
住野よるで小説に絶望したところで、最高だった。

 

チャールズ・ユウ(円城塔=訳)『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』

最高に面白かった。
読み手の解釈によってSFだったりSFじゃなかったりするんだろうけど、個人的にはSFというカテゴライズで良いと思った。
訳が良すぎて原書を読みたくなるレベル。多分、原書で読んだら良い英語の勉強になるだろうなって感じの文体。
特に、方眼紙や線香に関する記述については射精しかけた。方眼紙については、銀河ヒッチハイク・ガイドにおけるバスタオルについての記述に通じるところがあると感じた。
継時上物語学という学問、全体に散りばめられたワードなど、物理学っぽさ全開。ユーモアのセンスも物理学の人のだなって感じでカッコイイ。
哲学と数学と物理学の共通部分の物理よりって印象なので、哲学と数学と物理学やってた人は楽しく読めそう。
ただ、文章は少し読みづらい。傾向は浅井ラボと非常に近いと思ったけれど、一般には円城塔っぽいらしい。
噛みしめながら読むと最高。噛みしめれない人たちが「難解だ!」とか言ってるんだと思う。いや、僕もすべて理解できたというわけじゃないけれども…。
円城塔=難解!って言っとけば読書人」みたいな雰囲気が嫌いで円城塔作品は読んでなかったんだけど、読んでみようと思う。
とにかく最高だったので、最高としか言えない。もっとちゃんとした書評をググって読んでください。
この小説の最も重要にして雰囲気が分かる部分を抜粋して終わりにしときます。

 

「継時上物語学の基本定理」
SF的な空間の中で、記憶と想定は、それらを共に持ち出すならば、タイムマシンを製造する必要にして十分な要素である

 

 

ケン・リュウ古沢嘉通=訳)『紙の動物園』

ヒューゴー賞/ネビュラ賞/世界幻想文学大賞の3冠作品を含む短編集。
全篇あんまり好みじゃなかった。外人さんが好きそうな雰囲気だけど、日本人的には今更こんな精神性を披露されたところで…????ってなる気がした。エンタメを捨てて純文学が復興すれば日本人でも世界で闘えるんだろうになーっていう思いを強くしてくれる作品。

 

【その他】

永田守弘『教養としての官能小説案内』

絶対に本屋で自分の手で買いたかった本の1つ。4年ほど探していたが、遂に本屋で出会ったので購入。
タイトル通りの内容の新書である。
まず、「はじめに」を読む。尋常じゃない熱量が溢れてくる。作者がポルノ研究における第一人者であることを理解する。探し求めていた本は、やっぱり最高な部類の本だと確信に変わる。
第1章では、政治や社会情勢や大衆心理の変遷を踏まえた上で、官能小説の歴史が分かりやすく解説される。どういった作家がどういった内容の作品を世に送り出したかが細かく記述されており、しかも膨大な量の引用がある。
官能小説家に、「失神派」「構造派」「痴漢派」「告白体」「子宮感覚派」などがあったことなど知らなかった。
時代の変遷と官能小説の歩みを情熱的に案内される読書体験は、最高の一言である。
第2章では、様々な官能小説のジャンルを細かく見ていく。作者の熱量が半端ない。官能小説の引用も半端ない。
官能小説と呼ばれるもの、団鬼六花と蛇」しか読んだことのない弱輩なので、この本を頼りに手を伸ばしてみようと思う。
とにかく第1章の官能小説の歴史が最高なので、ネットで買って読んだ方が良いと思う。マジで教養が身に付きます。

 

川本耕次『ポルノ雑誌の昭和史』

「教養としての官能小説案内」を手に入れた時に一緒に読もうと思って積ん読してあった本。
僕が知る限りで唯一無二の最高な昭和エロ本史となった。
日本の性は乱れているとか貞操観念がどうとか、そういうこと言う前にこれを読んでみろよ。
僕たちの、この時代の成り立ちを知ってからエロとフェチと愛を語れよ。
この本は、まさに日本に革命が起きたことを教えてくれる。
これを読んでいる奇特な君には、現代へと続く性の変遷を是非とも上記と合わせた2冊で辿ってほしい。

 

【映画】

リアル鬼ごっこ

2008年公開のやつ。深夜にテレビでやってたのを視聴。
良いところを一生懸命探したけれど、ない。以上。

 

 

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大掃除するときのために個人的な点数を書いとく。
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90~100:最高としか言いようがない。。。
80~  :出会えて良かった!
70~  :なにこれすげー面白いじゃん!
----越えられない個人的なツボ----
60~  :かなり面白い
50~  :わりと面白い
40~  :ちょい面白い
30~  :普通
20~  :特に面白くないし印象がない
10~  :お金を払ったことを多少後悔している
 0~  :ゴミに限りなく近い
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30点 小山宙哉宇宙兄弟』26巻
67点 いがらしみきお『かむろば村へ』上下巻

57点 浅井ラボ『TOY JOY POP』
63点 小川一水『ファイナルシーカー レスキューウィングス
73点 井上真偽『恋と禁忌の述語論理』
 3点 首藤瓜於『指し手の顔 脳男Ⅱ』
 0点 住野よる『君の膵臓をたべたい』
50点 米澤穂信『リカーシブル』
97点 チャールズ・ユウ『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』
24点 ケン・リュウ古沢嘉通=訳)『紙の動物園』

90点 永田守弘『教養としての官能小説案内』
90点 川本耕次『ポルノ雑誌の昭和史』

 1点 『リアル鬼ごっこ

 

 

 

 

 

 

 

トーキョーナワバリ論

趣旨

僕が上京しない理由を、地方に留まる理由を、トーキョーという街の考察と共に述べる。
トーキョー至上主義である方々に、トーキョーの問題点を提示できたら幸いである。
 

背景

なんでもかんでも「トーキョー!」「シブヤー!」という気配が濃厚に漂っている。
“トーキョーに来れば何かが起こるぜ!”という根拠のない電波が首都から発せられている。
“トーキョーに来れば何かが変わるぜ!”という根拠のない自信が首都から発せられている。
“トーキョーに来れば何でもあるぜ!”という未証明な命題が首都から発せられている。
“トーキョーはすべての発信地だぜ!”という謎の気負いが首都から発せられている。
“トーキョーはあらゆる人を/物を/芸術を/奇行を/商いを/性癖を/すべてを許すぜ!”というクソな傲慢が首都から発せられている。
しかし待て。
そんなにトーキョーは良いものだろうか?
そんなにトーキョーは刺激的だろうか?
そんなにトーキョーは懐深いだろうか?
君の生活を革命する力がトーキョーにはあるだろうか?
君の人生を変革する力がトーキョーにはあるのだろうか?
 

初めてのトーキョー

僕が初めてトーキョーに行ったのは、小学校の修学旅行だった。
東京タワーに興奮し、班別行動で迷子になった。
人の多さに興奮し、車両の長さに違和感を覚えた。
迷子になったときに道を教えてくれた漬物屋のおばちゃんは、おばちゃんだった。
夢に見たやんごとなきトーキョー都民ではなく、ただの凄く良い人だった。
車両の多い電車が滑り込む駅のホームも長かった。
駅のデカさは汚さと相関関係があるように見えた。
夢に見た遥けきトーキョーの駅は、荘厳でも綺麗でもなく小汚くさえあった。
そう。
トーキョー都民もトーキョーという街も、なんら変わり映えしないニッポンであった。
 

トーキョー旅行

月日は流れ、私は大学生になった。
トーキョーに旅行するような青年になった。
東京国際ブックフェアでテンションが上がり、神保町で古本を求めた。
神保町のためだけに、大学は上京すれば良かったかもなって少し思った。
歩き疲れた僕は、ぶらぶらしながら目に入ったお店に入った。
  

飲食店の面積問題

休憩のために喫茶店に入った。
食事のためにレストランに入った。
平日の昼下がりでも賑わう飲食店は、さすが都会だと思った。
そして、思った。
ちょっと椅子を引くと背後の客に当たるし隣のテーブルとの距離が近い。
大声で話してるわけでもないのに、いやに周りが騒がしい気がする。
そう。トーキョーの飲食店は軒並み狭いのだ。
狭すぎて窮屈で狭くて食事どころの騒ぎじゃない。
ここで僕は、トーキョー特有の距離を実感したのだった。
 
トーキョーの飲食店は狭い!という私の直感の傍証となる資料がある。
の、【資料12】人口集中地区の人口密度と商業施設の一人当たり床面積(都道府県別)によると、人口密度が高くなると商業施設の一人当たり床面積は狭くなることが分かる。
 
これを踏まえて、下記の論文がとても興味深い内容になっている。

ci.nii.ac.jp

 

上記論文の著者が指導した高専生の卒業論文も面白い。 

http://www.gifu-nct.ac.jp/archi/fdai/pdf/usuiharuka.pdf

 
これら論文によると、飲食店利用者はその時の感情によって求める空間が異なる。
怒ってる時や哀しい時、負の感情のときには狭い場所を求める。
楽しい時や笑っている時、正の感情のときには広い場所を求める。
つまり、トーキョーという地において飲食店に入ると違和感があるのだ。
楽しい気分の時に求める空間的特性、すなわち広さがないからだ。
悲しみを湛えて入店すれば違和感はないんだろうけれど、そんな気分で外食なんてしない。
 
これは、非常に大きな問題ではないだろうか。
 
食事という生活の上で必須となる部分で、外食というイベントで、楽しい気分では違和感を強制される街。それがトーキョーだ。
土地代や家賃や物価から、客数や客単価や回転数から、利益を求めなければならない状況では致し方ないのかもしれない。
しかし、それらを踏まえたうえで、ゆったりとソファにくつろげる喫茶店をやろうという気概もねーのかてめーらは!
クソしかいねー世の中だぜ、まったく。
 

パーソナルスペースという縄張り

上記のような論文を提示せずとも、多くの人から賛同を得られると予測される命題がある。
見知らぬ赤の他人がすぐ横にいるのは嫌だ!
これは普通で普遍的な感覚ではないだろうか。
(男性諸氏に関しては、横にいるのが若い美少女の場合はこの限りではないだろうが)
緊張感のある食事は楽しめないし、ゆっくり寛いで楽しみたいのが人情だろう。
この感覚は、人間の持つ縄張り意識によるものだ。
心理学でいうパーソナルスペースのことである。
個人差はあるが、人は誰しもナワバリを持っている。
だからこそ、飲食店は広くあるべきだと思う。

この点において、トーキョー都民はナワバリ意識が欠如しているのではないかと推論する。

ナワバリ意識のない人間が寄せ集まって、そこで芸術だ文化だ時代だ!と叫んでも滑稽である。
お前のスペースをトーキョーという都市計画に、換言すれば社会に奪われていることに気付け!
お前が守るべきナワバリが社会に侵されていることに、商業都市に犯されていることに気付け!
君が君でいるナワバリが欠落したとき、君はトーキョーという街と一体化するだろう。
その時、トーキョーは特別でもなく自分は一旗揚げることもできないと悟るだろう。
君はトーキョーという都市に負けるのだ。
人の多さに負けるのだ。
君が君でいられる程の面積を、トーキョーは君に用意していないのだから。

空間的経験論

ここからは精神性の高い、私がどうしても主張したいことを述べていく。

そもそも空間とは何であろう?
君が保つべきナワバリを包括する空間とは?

空間とは累積した経験だと私は考える。

行ったことのない場所が新鮮に思えた経験があなたにはないだろうか?
行き慣れたコンビニの変わりばえしない商品棚を見て日常を感じたことは?
私はしょっちゅうある。
なぜそのように思うのか。
それは、私がその場所を経験しているか否かによる''のではない”。
それは、空間の方が私を経験しているか否かによるのだ。
空間の方が私というナワバリを既知かどうかなのだ。
変わりばえしない商品棚は、新しい商品がないからこそ空間は以前と同型だ。
(厳密に言えば、商品の個数と製造日を除いて同型である)
新しい商品に目が留まるのは、一部が新しい空間になっているからだ。
その新しい空間は、僕というナワバリを今知ったところだ。
空間こそが私に新鮮味や日常を与えるのである。

では、トーキョーの場合はどうか?
次々と新規オープンする店や、改装が続く駅や、圧倒的な人混み。
空間はそれらを処理しきれているか?
答えはNoである。
君が行き着けにしているコンビニは君のことを覚えていない。
特に、ナワバリを失いかけている、もしくは失った君のことは覚えられない。
累積されるべき経験が、まったく累積されないのだ。
それは街の移り変わりの早さのせいでもある。
君たちのナワバリが曖昧になったからでもある。
人が多すぎて空間の方が薄められているからでもある。
空間こそが主体であるところに、ナワバリ意識もない人間が大挙することで立場が逆転しているのだ。
トーキョーは冷たいとよく言われるが、そうではない。
トーキョーに住む人間が冷たいのではない。
トーキョーという街が人間に冷たいのではない。
トーキョーという街を闊歩する人間がナワバリ意識を持たない為に空間が経験を積めず、結果として全てが排他的になっているのだ。

最後に

違うアプローチから社会と戦うために僕はトーキョーには行かない。
社会は手強く、あらゆる方面から僕たちをクソにしてきやがるのだ。

だから、クソしかいねー世の中で、トーキョーにて、君がナワバリを持ち続けることを願う。
君が、このクソな社会と戦うことを願う。

特に、ナワバリ意識のない男なんて死んだ方がいいくらいダサいからね!

両もらいという結婚

私は26歳だが、年齢相応の常識がないと常々思っている毎日である。

社会常識も分からないし様々な制度やシステムが分かっていない。

マクドナルドの注文の仕方が分からないからマックには行けない。

そんな私だが、家族のことはもっと良く分かっていない気がする。

「血が繋がってるらしい奴ら」以上の情報を持ち合わせていないのだ。

特に、祖父母のことはほとんど何も知らないといっていい。

何人兄弟なのか知らないし、何歳なのかも怪しいところだ。

もっと言えば、一緒に住んでいるけれど父方の祖父母の名前に自信がない。

たぶん…これだよね?と思うのはあるけれど、確定的な根拠は特にない。

もっと言えば、祖父母の旧姓なんて気にしたこともなかった。

祖父母の兄弟の何人かは近くに住んでいて、「○○のおじさん/おばさん」と認識している。(○○は地名だ)

祖父母の、というか親戚の苗字なんて気にしなくても支障はないし、今後もないと思う。

 

そんな日々だったわけだが、今日は面白いことがあったので記録しておきたい。

台所のテーブルの上に何気なく置かれていた葉書。

それは祖父の兄の初盆供養のお知らせだった。

差出人は祖父の兄の息子だ。

以前から名前は知っていたが、初めて漢字でどう書くかを知ったのだった。

そして、そこに書かれていた苗字は、僕の知らないものだった。

以前から名前は知っていたが、苗字は知らなかった。

というか、父方の祖父の兄の家なのだから自分と同じはずだと思っていた。

ということは、あれ?じいちゃんって婿入りだったの?へー。新発見だなー。

…とは、ならなかった。

聞くと、祖母の苗字も違うらしい。

…ん?どういうことなの…。

と、途方に暮れましたよね。

 

実は、父方の祖父母は「両もらい」だったとのこと。

祖父は婿入り、祖母は嫁入り的な感じらしい。

言い方を変えると、夫婦揃って養子?らしい。

家系を途絶えさせたくない家がやる手法とのこと。

祖父母はお見合い結婚だったと聞いたことがある。

つまり、家系を途絶えさせたくない佐藤さん(仮称)がいて知り合いの伝手でお見合いをセッティング、田中さん(祖父仮称)と高橋さん(祖母仮称)が出会い結婚。

結婚後は佐藤さん(仮称)夫婦として生きてきたってわけですね。

一度も良い家系だと思ったことないんですが、父親が家を継げと私に言ってきた理由の一端が分かった気がします。

なんでもない家系なのに、途絶えさせたくないんでしょうなぁ…。

 

ということで、婿入り先を積極的に探していこうと思ったのでした。

にしても、自分の苗字のルーツが意味不明になって割とショックだ。

疑問にも思わなかった自分の苗字が自分の血とは関係なかったとはね。

いや、関係ないとまで言うと違うかもしれないけれど、

なんていうか、結局はそんなもんなのかもしれないね。


法律的にどうなってるのか知りませんが、こういう結婚もあるんですねぇ。

戸籍とか綺麗に出来たりするのかね?どうなってるんだろう?戦後のどさくさなのかな?

よく分かりませんが、夫婦揃って苗字を変えたい場合は途絶えそうな家系を継げば良いんじゃない????